田舎の写真でつらいのは人がめったにいないこと。
だから、たまに通行しているだけでも勝手な被写体としてとてもありがたい。それが若い人だったり子供だったりしたら、どれだけ嬉しいか。それだけで勝手な物語が生まれてしまう気がする。もちろん、それは撮る人の、そして観る人の勝手な思い込みでもあるのだろうけれど。勝手な言い草でもうしわけない。観る者の目の中に宿る、とは一面の真実でもあると思う。元々、人と一般化していいのかどうかはわからないけれども、人の存在にめちゃくちゃ注意を払っているのだと思う。敵味方不明な場合はまずそれを判別しないといけないし、大変なことをするのは大体人でもあるわけで。
ONTAX G1, Planar 45mm f/2 T*, FUJICOLOR SUPERIA Venus 800, 現像:カメラのキタムラ萩店。露出を色々と失敗している例でもある。 |
これもなあ orz |
月を撮っていたことをすっかり忘れていた。 |
まだきびしい。ひさしぶりに子供を見た気がする。 |
これもちょっとというところはあるけれども、人がいるだけで全然雰囲気が違う。 |
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