2020/09/12

PENTAX 67と晩夏の空と海

あきらかに露出を間違えた写真だ。

海抜333メートルを超える高所から撮ったものだ。写真の真ん中あたりが北だと思う。手前右下に崖が写っているだけで、他には空と雲、そして海しかない。画面の下というか手前から南風が吹いていて、波が白く逆巻いていた。さすがにここまで暗くはないけれど、それなりに陰鬱な天気というか見た目だった。

太陽は雲の間だったのでここまで露出を絞る必要はなかったということだろう。PM2.5のせいか霞んだ世界になっている。ただ、迷ったが色味がおもしろいので紹介する。実際の見た目は、9月8日に紹介したCONTAX G1での撮影より少し暗めくらいだったと思う。僕の記憶なのでまったく当てにはできないけれども。

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強い雨がちの天気のため、出かける気にならず家でゴロゴロしていた。気に入った電書を呼んで過ごす。Web投稿サイトの18禁小説のノクターンノベルズをiPadでとあるアプリケーションを使って縦書きで読む方法に気づいたので読んで過ごす。スタージョンの法則を持ち出すまでもなくほとんどが僕の趣味ではないけれど、意外な傑作もそれなりにあるのだ。

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僕はアートな写真には興味がない。僕が興味がないだけでその価値とか位置づけとかもどうでもいい。本当にどうでもいい。それは僕にアートの訓練というか学習がないかたりていないいからという部分もあると思う。ある程度深く掘っていかないと気づきもしないことも多いことは、他のジャンルでは結構知っている。それはある種普遍的なことなんだとは思う。

以前、というか子供の頃、写真にどんな価値があるのかわからなかった。ただ、撮るだけじゃないかと思っていた。だが、1枚の写真は様々なセレクトの結果、1枚になったということに遅ればせながら気づいた。写真に興味がなかったから、まったく考えていなかっただけかもしれない。僕が多少仕事でつきあいのあったカメラマンという方々は、雑誌の表紙を撮ったり、人物のポートレイトを撮ったり、物を撮ったりする方々だったので、僕は結果だけを求めていたのだと思う。魅惑的なポートレイト、美しい物。

その過程やましてカメラにはまったく興味がなくて、自分とまったく関係ない人たちの技量の結果だけを求めていたのだと思う。仕事で撮る必要がある時は一眼レフの安いフィルムカメラを使い、バブルが終わる頃にCONTAX T2を購入した。単純に小さくてそこそこの価格でかっこいいカメラが欲しかった以上の意味はなかったのだと思う。今も引っ越しから7年以上経っても片付いていない段ボール箱のどこかにあるはずだが、とても探す気にはならない。

PENTAX 67, SMC PENTAX 67 165mm F2.8, f/22, 1/500sec, 2020/08/26 12:45, PORTR 400, 現像:桜カメラ

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